Global Forum 香港

ウォートンの錚々たる教授陣や、世界各地で活躍する卒業生が集結し、セミナーやネットワーキング・イベントをおこなう「ウォートン・グローバル・フォーラム」。2017年6月、記念すべき50回目のフォーラムが香港で開催された。
現在、日本銀行のフィンテックセンター長を務める河合祐子さんも、ウォートンの卒業生としてフォーラムに参加したひとり。いったい河合さんは、そこでどんな光景を目撃し、どんな刺激を受けたのか──。「生の声」を届けてもらった。(クーリエジャポン 「ウォートンに聞け」 より引用)

2017年6月22〜24日に、「Wharton Global Forum(ウォートン・グローバル・フォーラム)」に参加しました。

ペンシルベニア大学ウォートン校の教授をはじめ、グローバルに活躍する実務家などを講師に招き、卒業生やゲストがセミナーを開いたり、互いの交流を深めてネットワークを広げるイベントです。

年2回開催で、そのうち1回はアジア太平洋地域でおこなわれます。記念すべき50回目を迎えた今回のフォーラムは、香港で開催されました。

毎回、主催都市ごとに特徴のある内容になりますが、今回はアジア内外から600人を超える参加者が集まりました。私も参加してみて、アジアの隆盛とハブとしての香港の機能の高さを改めて痛感し、日本は今後どうあるべきか、つくづく考えさせられました。

「秘密」が守られるから、情報交換できる


フォーラムの本イベントに先立って、少人数のグループで香港の“現場”を見て回る「day zeroトレック」が開催され、私は香港のイノベーションをテーマにトレッキングしてきました。

朝8時に集合して、まずは参加メンバーの多彩さに驚き。アジア内外から、政府系ファンドや民間のベンチャー・キャピタル(VC)、IT事業者、大学研究者などが集まり、さっそく、お互いのビジネスやバックグラウンドについての話が始まります。

中国のフィンテック大手の保険事業戦略や、アジアVC投資の注目分野など、話がとても盛り上がりました。ウォートンのコミュニティには「秘密がきちんと守られる」という安心感があり、コアな情報交換ができます。

バスでの移動中も、隣に座った同窓生の話を夢中で聞いていました。そうこうするうちに、最初の見学地である、スタートアップ・アクセラレーター施設「CoCoon(コクーン)」 に到着。

ここでは、香港のテック・スタートアップを多角的に理解するため、フィンテック(IT技術を使った新たな金融サービス)とIoT、VCをテーマとするパネルが組まれ、実務家が熱いトークを繰り広げました。

ビッグデータのビジネスへの応用が進み、中国の人々の暮らしが急速に便利になっていくなか、その背景として起きている「技術革新と資金の流れ」を垣間見ることができました。

凄まじい“スピードとエネルギー”


午後は、中国市場向けのデジタル広告大手企業と、ソーシャル・テクノロジーのイノベーション・ハブを訪問。どちらも、私自身があまり知らなかった世界でしたが、特にソーシャル・テクノロジーについては、素敵な話が聞けました。

これまで補助金や寄付金に全面的に頼るしかなかった(その結果、継続が難しかった)社会貢献活動のコストを、テクノロジーの導入によって引き下げる。さらに、データに基づいたターゲット広告を導入して、企業スポンサーを得やすくする──。

新しいテクノロジーが、「人々の暮らしを変えようという夢」を実現する道具になっていることに感動しました。

「day zeroトレック」を終えて改めて感じたのは、「金儲けだけでもダメ、善意だけでもダメ、ビジネスと社会正義の両方がなくてはダメ」という、当たり前だけれど実現の難しいことの大切さ。それから、香港テックシーンのスピードの速さ、懐の深さでした。

日本でも現在、ベンチャー企業の活躍の場は広がっています。「金融」のような規制の多い分野では、利用者にとって不便だったり非効率だったりすることをテクノロジーで解消する余地が多いからです。

スマートフォンが普及し、クラウドや人工知能などの機能が向上し、ITを活用するコストが格段に下がったいま、日本でもフィンテックが注目されています。

ですが、このトレックで見聞きした「アジアの変化のスピードやエネルギー量」は、日本のそれをはるかに上回るものでした。

 

“情報ハブ”に集う多国籍な人々


「day zeroトレック」の興奮はその後のフォーラムでも続きます。

ウォートンの綺羅星のような教授陣が、いかに中国の発展とグローバルな影響について真剣に研究しているか、ひしひしと感じることができました。

また、フォーラムでは、座学と同じぐらいの時間が、ネットワーキングのための食事やパーティーに当てられます。私も久しぶりに顎が疲れて痛くなるほど話し、大量の名刺を交換しました。

「ウォートン・グローバル・フォーラム」のパーティーはネットワーキングの貴重な機会だ PHOTO: YUKO KAWAI


そのうちの何人かには、帰国後に改めて連絡をとり、仕事のつきあいが始まっています。こういうネットワークを、特にアジアでどう築いていくか。これは、現代の日本のビジネスパーソンの必須課題でしょう。

ところで、日本と香港の違いは何でしょうか?

もともと香港は金融が発達していて、現金の利便性が高い地域です。そのため、日本と同様にキャッシュレス化があまり進まず、フィンテックがなかなか普及しないという声も聞かれます。

しかし、大陸・中国へのゲートウェイとして「地の利」のある香港には、テクノロジーを含めた成長分野に投資し、中国へのアクセスを求める人々が国外から多く集まります。私が見たのは、そんな多国籍な人々の情報ハブとして機能する都市の活き活きとした姿でした。

若手の経営者が地元の大学と組んで、技術者養成プログラムを立ち上げるなど、“人と人とを繋ぐ”ことや“個人の能力向上”といった課題に、人々が飽くことなく向き合っているのも印象的でした。

日本が成長するためには…


これから日本が、“アジアの成長”を取り込んでいくためには、相応の覚悟とスピードが必要でしょう。グローバルな多様性をどれだけ引き込み、それを力に変えていけるか──。

フォーラムで会った何百人もの同窓生には、面白い仕事があればアジアのどこで働いても良いという、「アジア・コスモポリタン」とでも言うべき柔軟な考え方をする人が多かったのですが、これも見習うべき点であるように思えました。

アジアの発展の凄まじさを感じた、3日間のフォーラム。そこで、ウォートン教授陣のアジアに対する知見の深さに関心する一方、地理的には近いはずの日本で、同じだけの知見集約がないことに焦りも感じました。

アジアで何が起きているのか──。その情報を、日本にいながらどう集め、日本でできることをどう考えていくのか。

私は、今回のフォーラムで得た知見や知人からスタートし、世界を広げていこうと思います。これからが真剣勝負です。


河合 祐子 Yuko Kawai
京都大学法学部卒業。ペンシルベニア大学ウォートン校MBA。1987年、ケミカルバンク東京支店に入社。為替、金利デリバティブ、仕組債券ストラクチャリング担当を経て、1997年よりチェース証券でクレジット・デリバティブ、ローン等の信用リスク商品を担当。2003年に日本銀行に入行。香港事務所長や為替課長、高知支店長などの要職を歴任した後、2017年3月、2代目フィンテックセンター長に就任。