Global Forum NY

今、アメリカでビジネスコミュニティが注目するテーマ :Whartonグローバルフォーラム in NY
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Kickoff Reception at the Oculus
Wharton schoolのグローバルフォーラム、2016/6月はニューヨークで初の開催となりました。壇上には伝統的な大企業のCEOからスタートアップ、宇宙飛行士やスーパーボウル優勝選手までWharton コミュニティの層の厚さを実感するスピーカーが並び、色々な切り口で「未来」が語られる学ぶと刺激に満ちた2日間となりました。
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Astronaut Garrett Reisman, ENG'90 W'90 and Prof. Kumar
繰り返されたキーワードは「digitization(電子化)」と「data (データ)の利用」です。中国で起きていること、起業家の経験、貧困解消、小売業の未来、お金の未来などすべてのテーマに共通で取り上げられていました。電子化は、単に作業を省力化するだけではなく、人々の行動インセンティブや社会構造も変えつつあることがよくわかりました。データの利用はどんな事業でも不可欠ですが色々な課題や制約もあります。そして、課題があれば解決法を探すのもWharton。どうやってデータを集約するか?利用するか?にとどまらず、データ利用で陥りがちな失敗や、プライバシー保護のもとでのデータ利用、異分野乗り入れなど様々な実務上の工夫が具体的に語られました。
その一方で、人と人との繋がりに改めて目を向けるセッションもいくつかあり、人の感情を理解しこれに働きかけることでチームワークを促進する「emotional intelligence 」や、組織のパフォーマンスを高めるための「多様性」についての議論がありました。
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Panel Discussion: "Leading for Diversity"
当日聞かれた様々な発言を、5つのテーマで整理してお届けいたします。
1) 電子化やデータ利用よって変わる環境
 
現代の顧客は、アマゾンやウーバーの浸透によ期待待ち時間が極端に短くなっており、他のサービスにも同じ利便性を求めるのでそのつもりでサービスを提供しなくては生き残れない。IoTやシェアリングを通じて効率化が進み、機械や車、オフィススペースはこれまでのようにたくさん要らなくなる。起業のハードルはかつてないほど低くなっており、優れたアイディアでも初期の熱狂を過ぎてから持続可能な優位性(sustainable advantage)に変えられないとスタートアップは生き残れない。
これまでとは桁違いの種類、量のデータが集まるようになっており、特に画像。アメフトの選手は、相手チームの試合動画をAI分析して行動パターンを読み込み、実際の試合では相手の行動を予測してその裏をかくことを目指している。
これまでとは違う種類のデータも分析できるようになっており、例えば情報を人がどのように受け止めるかを脳波測定で見てみると、広告やニュースなど発信した情報が意味をもって受け止められているかどうかがわかる(Michael Platt教授による仕掛かり中の研究が紹介され、AppleユーザーとSamsungユーザーの驚くべき違いが明らかにされました。研究論文の発表が楽しみです)。
色々な分野で人々の行動が変わりつつあり、例えば運用でも、パッシブやデータに基づくアルゴリズム運用が盛んになっているが、データの少ない分野にお金が集まりにくいという歪みが産まれており、さらにこれが進むと「誰もものを考えない」混沌状態になる可能性がある。そうなれば真にものを考えるアクティブ運用が勝つ地合いになるだろう。変化は速く、次の5年は過去15年分にも匹敵するだろう。
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Panel Discussion; "Future of Global Growth" (Keiko Honda (WG'89) in the middle)
2) データ利用の落とし穴
 
人工知能の発達によりデータ解析能力が向上し、どんな業態であってもデータをどのように(さらに)利用するかが鍵。データを利用して製品やサービスの開発を進めること、顧客の需要を個別に理解してカスタマイズしていくことはもはや当然のこと。もっとも、データを利用すること自体が目的となってしまい、顧客の望まない広告を配信し続けるなど個別化が顧客本位になっていない事例も数多い。また、意思決定をデータに依存することで、事業の展開が漸進的になり、思い切った事業展開ができないこともある。
こうした罠に落ちないようにするためには、顧客のためにどのような事業を展開すれば良いのかを定性的に考え、また、データに基づく技術開発に別な見方(例えば「デザイン」)を持ち込むことで、データに縛られ過ぎない展開を考えてみると良い。オンライン販売を中心にするにせよ、実店舗を持って顧客需要に常に接することでブランド価値を更新していくこともひとつのやり方。
New York Public Library (Celebration of Wharton)
 
3) 中国、開発経済における電子化、データの集約
中国の現政権は、習近平総書記の下で、毛沢東、鄧小平と並ぶ第三次革命ともいうべき変革を進めており、これまでの政権とは異なり対外プレゼンスも高めている。その中で、アリペイ、ウィチャットペイなどの決済/生活サービスの電子化によって蓄積された巨大な国民ビッグデータが人々の生活を変え、社会の構造を変えつつある。
中国に限らず、新興国は情報技術を使って飛躍的に発展(leapfrog)し始めており、先進国はこの実事を理解し、自分達はどうするかを考えないと、あっという間に逆転される。現に、キャッシュレスと国民ビッグデータ構築では米国は中国の後塵を拝している。
国際機関が新興国の開発を支援する場合にも、情報技術を利用してleapfrog型の成長を目指す分野にまず注力。
4) emotional skill と多様性
自分や他人の感情を理解し、これに働きかけるemotional skillは、集団で何かを達成する場合に必須の技術。単にお互いに優しくして入れば良いというものではなく、あるいはただ感情を剥き出しにしていればよいというものではないが、仕事の場でもバランスよく感情を出し、必要に応じて抑制したり他人の感情を動かして行くことが大事。相互の信頼感を高め、怖れを減らすことで共有目的の達成が楽になるか
もっとも、感情の繋がりを強めることは、個人的な関係や経験に踏み込むものであり、例えば仕事で誰かが失敗した場合の責任をどうとるかといった場面で、感情にも理屈にも偏り過ぎない配慮が必要である。
Emotional intelligence は、多様性と並んでそれを大事にする会社は「業績が良い」という研究結果が出ている。いずれも、それが社会的にやるべきこと(politically correct)だからやるのではなく、経済合理性の観点でも取り組むべき事柄である。優先順位を高く考えない経営者もいるが、事業規模の大小に関わらずやり方はある。
ーー emotional intelligence セッションの登壇者は、歴史ある巨大会社Johnson and johnsonのCEO。海軍士官学校出身の白人男性が、人々の多様な背景や性質を理解し、日々の業務や経営戦略にどのように感情を持ち込んでいるのかが紹介されました。フレンドリーで相手に警戒心を抱かせない一方で理論的でもあり、優れた経営者の一流のコミュニケーションを実感しました。
5) 新しい技術の研究
フォーカスすべき技術として取り上げられたのは「ブロックチェーン(金融技術の一つで、ビットコインなど仮想通貨の裏付けとなっていることでも知られる)」。技術の応用可能性は幅広く、Wharton としてもこの研究に力を入れていく(学長)。
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Dean Geoffrey Garrett
ーー 仮想通貨そのものについては、これをお金の未来と見るかどうかで激しい舌戦が繰り広げられ、技術の限界や社会制度との整合性につきまだ考えるべきことが数多くあるのがよくわかりました。
Panel Discussion: "Future of Money"
ーー もう一つ興味深く感じたことは、「人工知能」&「ビッグデータ」を新技術だと言う人が誰もいなかったことです。Whartonでもデータ分析には力を入れていくとのことですが、人工知能は実務展開するのがもはや当たり前であり、開発途上の新技術ではないのです。人工知能が人間の仕事を代替していくことについての議論もありましたが、人工知能の助けを使って人間の仕事の質をどう高めていくか、その為には教育をどう変えて行くべきかなど、人工知能の利用拡大を前提とした具体策を考える内容でした。人工知能を使ったデータ分析は、早晩Wharton の必修科目となるかもしれません。
ーー
「Educatedとintelligentは違う」。ある登壇者の発言が強く印象に残りました。学歴はそれだけで実務の役に立つものではなく、知識はいずれ古くなります。新しい流れが見えている現代で、参加者が皆何かやらなきゃ、勉強しなくちゃと焦りつつも、変化を楽しみ自分や社会を良くしていこうという前向きな気持ちがいっぱい詰まったフォーラムでした。知識だけではなくネットワーキングも貴重。2019年は、3月の上海、6月のロンドンの大都市2回開催が予定されており、時間を作ってできるだけ参加したいと思います。
(Report by Yuko Kawai, WG'93)